こんにちは!皆さま暑ーい夏、元気にお過ごしですか?
今日はエッセイをお送り致します。
話は昭和の私自身の小学校時代にまでさかのぼります。
そしてこの話は1人の熱い情熱を持ってお仕事された偉大な方、世界的デザイナーさんの話にも関連しています。
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デザイナーでアーティストの山本寛斎さんが亡くなられたのは最近の事です。
https://t-mokoart.hatenablog.com/entry/2018/06/27/110148
私はテレビで拝見するだけでも凄く勇気とエネルギーをもらっていた。又イベントに行った事はこのブログにも書いた事があります。(上のリンクをご覧下さい。)そして寛斎さんは地元小学校のクラスメートのお父様でもありました。だから私は直接のつながりはないけれど、寛斎さんを少しだけ身近な人のようにも感じていました。
お子さんとは遊び仲間ではなかった、しかもクラスメートになってからすぐに転校してしまった。よって私の事は覚えていないかもしれません。しかし、私はその子を結構覚えている!記憶には、よく半ズボンをはいていてスレンダーな体型、そしてきっとお父様譲りだったのでしょう、快活な印象の子だった。(ちなみにこの方は芸能活動されていないと思います。)
ところで本題ですが、その子が転校する際に担任の先生が寛斎さんと保護者面談をしたらしいのです。
そして、そのときの模様を教室で誇らしげに話した事を私はとても良く覚えている。
(その子本人は教室にいませんでした。)
以下先生の話、、、
「みなさん、山本さんはこれから違う学校に行く事になりました。お父さんが世界で活躍するデザイナーだから、インターナショナルスクールに転校するんです。」と。
そしてこう続けた、、、
それにしてもいつも奇抜なカッコをしているしどんなお父さんだと思って緊張したけど、
考え方もとてもしっかりしていらっしゃって大した人だ!!(想像していた人と大きく違ったみたいなニュアンスが含まれていた。)
先生は寛斎さんの言葉にすっかり舌を巻いた様子でした。
そして「先生も」エネルギッシュな人になったみたいな感じでした。まるで寛斎さんのエネルギーが伝染しているように!
ここで改めて考える事、私はクリエーションに関わる人はエネルギーを自家発電出来る人だと思う。そしてその良質なエネルギーを誰かに分けることが出来る。誰かの心を、動かかす事が出来る。当時は先生の変化を見て子供心にも山本さんのお父さんがそんな方だと察しました。
寛斎さんは、ファッションを通し、又イベントやショーなどの表現を通し人々に勇気とパワーをくれた!元気付けてくれた!そしてそれは、まっすぐでポジティブなパワーです。
又日本の文化を力強く表現に取り入れ、世界を舞台に活躍する姿を見て、大人になっても本当に良い刺激を与えて下さいました。(いつも子供時代のあの記憶が頭をよぎりました。)偉大なお仕事の数々に心より感謝申し上げたいと思います。
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今、世の中も混乱気味でこの先どうなっていくのか分かりませんが、寛斎さんのように勇気をもって未来に向かい生きたいと思います。そして行動すること!
アート主婦日記でも少しでも良い事が発信出来たら…と思っております。
毎日とても暑いので皆様お元気で!
今日もありがとうございました。
この度、小学校時代の記憶と共に山本さんのお父様の事を書かせて頂きました。山本寛斎さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。m(__)m